
ここ最近、上の子が遊びに出かけることが増えました。
自発的というよりは、友だちに誘われてのことのようですが、学校以外ではほとんど外出しない生活リズムの子なので、親としては少し驚いています。
中学生のとき、友だちとの人間関係がうまくいかず、1年以上に渡って不登校になった経験があるので、今の変化は本当に信じられない気持ちです。
通信制高校に通い、友だちや先生にも恵まれて、楽しく過ごせていることに感謝しかありません。
不登校からの成長
過去の不登校経験を振り返ると、子どもが今こうして外に出て友だちと過ごせること自体が成長の証です。
- 学校以外ではほとんど出かけなかった子が、自分から外に出るようになった
- 友だちや先生に恵まれ、楽しめる環境にいることに安心
この変化は、親としても感慨深いものがあります。
受験と高校生という時間
ただ、娘はもうすぐ高校3年生。
行きたい大学があるらしいので、本来なら勉強に向かってまっしぐらに進むべき時期です。
しかし、本人はのんびりとした様子で、「本当に大学に行きたいの?!」と思う日も多々あります。
わたしが代わりに受験勉強をするわけにはいかず、心配しつつもどうしようもありません。
一方で、高校生として友だちと過ごす時間は今しかないと考えるわたしがいます。
思い返せば、わたし自身も高校生のとき、友だちと映画を見に行った経験は今でも鮮明に覚えています。
『タイタニック』を見たとき、あまりの長さに途中で飽きてしまい、友だちにちょっと怒られたこともいい思い出。
今でも同じ映画を見ることはできますが、高校生として体験したあの時間は二度と戻りません。
テスト明けにごほうびで、友人たちと外食したり、ちょっとショッピングしてみたり。
ガムシャラに勉強した高校生時代でしたが、ほんの少しの遊びやイベントが今でも自分の中で生きています。
そう考えると、子どもにも同じようにかけがえのない時間を過ごしてほしいなとも思うのです。
親としての板挟み
とはいえ、親としては板挟みです。
受験を心配する気持ちと、友だちとの時間を楽しんでほしいという気持ちが交錯して、複雑です。
日ごろは精いっぱい勉強して、たまの息抜きで遊ぶような子であれば安心ですが、うちの子はメリハリがなく、どうしてもダラダラ過ごしてしまいます。
性格もわたしとはまったく違うので、親としてどう接するのが正解なのか悩むことも多いです。
夫もわたしもついアレコレ口出ししてしまい、反省しつつも、悶々とした気持ちは消えません。
それでも、子どもの人生はあくまで子どものもの。
心配しつつも、少しだけ見守ることが大切なのだと、自分に言い聞かせています。
高校生としての今、この時間は二度と戻らない。
親としての心配と、子どもが楽しむことへの応援の気持ちが入り混じった複雑な感情を抱えながらも、そっと見守る。
難しいけれど、それが今のわたしにできることなのだと思います。
