
シンプルな暮らしを目指すうえで避けて通れないのが、モノの処分。
明らかにゴミであれば捨てるだけなのですが、まだ使えるものを捨てるのはモッタイナイという気持ちにもなりますし、環境の面でも好ましくはないですよね。
できる限り、使い切ってからモノとお別れしたいものです。
ですが、この「使い切る」というのがどうも難しい。
今回の記事では、シンプルな暮らしを目指すなかでの「使い切る」について、わたしが考えていることをお話します。
江戸に見る「使い切る」暮らし
外国との交流を断ち、鎖国状態であった江戸時代、日本はリサイクルとリユースの世界最先端社会だったそうです。
もちろん、今のように地球環境問題云々ではなく、単純に資源やモノが不足し、庶民の生活も裕福とはいえない状態だったので、暮らしの工夫として行われていました。
たとえば、衣類。江戸時代の庶民は、古着やお繕いの衣服を着るのが当たり前。
しかも、庶民がお繕いしながらボロボロになるまで着倒しても、今度はそれを古着屋が買い取って、パーツごとにバラし、プロの技術で仕立て直してまた売っていたというのだから、筋金入りのエコ社会ですよね。
もちろん衣服だけではなく、瀬戸物やほうき、傘のような日用品、紙類などなど、とにかく何でも徹底的に使い切ることがモットーだった江戸時代は、当時訪れた外国人が街のキレイさに驚いたという逸話が残っているほどだそうです。

今の日本は?
こんな江戸時代から150年ほど経った、今の日本。庶民は生活が大変だと悩んでいる一方でモノが溢れている、江戸時代の人からすれば、なんともおかしな社会です。
時代も変わり、地球環境も考えなくてはいけないこのご時世、江戸時代の超エコ精神を見習いたいのはやまやまですが、でも、これが難しい。
そもそもモノを大事にお繕いしながら使おうとしても、まず自分に技術がなかったり、修繕してくれるプロが身近にいなかったり、たとえいたとしても、修繕するよりも買うほうが安いというのが今の社会なんですよね。
いくらエコアピールしてたとしても、企業としては修繕しながら長く使ってもらうよりも、新しいものをどんどん使い捨ててもらうほうが儲かるのが本音でしょうし…。

どこまですれば「使い切った」と言える?
そんななか、わたしが最近悩んでいるのが、どこまですれば「使い切った」と言えるのかということ。この判断が本当に難しい。
食べ物であれば使い切るのはわりと簡単で、野菜の皮や葉っぱも料理に使うとか、飲んだ後のお茶の葉を掃き掃除に使うとかすれば、使い切った感があります。
ですが、モノだとこう簡単に「使い切った」状態にならないので、悩むのです。
たとえば、秋から冬のあいだ、ほぼ毎日着つづけて5年以上たったカーディガン。穴が開いているし、袖が擦り切れそうになっているけれども、着心地がいいので気に入っているし、また来シーズン着れないこともない。
祖母の家から持ってきた昭和感漂う水筒。今の時代の水筒と比べると保温機能は低く、茶渋もとれなくなり、底面のプラスチックも割れてきているけれど、使えないわけではない。
こんなモノたちがわたしを悩ませます。
家電のように明らかに壊れるものであれば判断がしやすいですが、使えないわけではないけれど、微妙になってしまったものはどうしたものか…。
世間一般からすれば、穴が開いたカーディガンや昭和感のある水筒なんて、とうに「使い切った」といえるので即処分の対象だとは思うのですが、江戸時代ほどでなくともモノを大事にしたいという気持ちもあるからこそ迷います。
家にモノが少なくなりつつあるからこそ、ひとつひとつのモノとのお別れがむしろ悩ましいのです。
そんなときにハタと思い出したのが片づけのカリスマ、❝ こんまり ❞ こと 近藤麻理恵氏。
彼女の助言に従い、「ときめき」の有無で使い切ったかどうかを判断するのもよいかも、と最近、思うようになりました。
完全に使えないわけではないけれど、自分の気持ちのなかで使い切ったかどうかの目安としてときめきを使うのです。
穴が開いたカーディガンでも、着たい気持ち、着ていて心地いいという気持ちがあるならば、まだときめきがあるので使い切ってない状態。
でも、もう来年はそろそろ新しいのが欲しいな、着るのが恥ずかしいなと思ったら、ときめきがないので使い切った状態。
なんでもかんでもポイポイと処分するのにときめきを振りかざすのはなんですが、一般的に見て十分使ったうえで、判断する目安としてときめきを使うのはありな気がします。
シンプルな暮らしを目指し始めたころ、こんまりの『人生がときめく片づけの魔法』シリーズを読んでもいまいちピンと来なかった部分があったのですが、シンプルな暮らしに近づいた今こそ読み返すといいのかもしれません。
『人生がときめく片づけの魔法』シリーズは今ならAudibleで無料で聴けるので、片づけや掃除をしながら勉強するのに便利でいいですね。
まとめ
「使い切る」暮らしは、簡単そうで案外、難しいものです。
完璧を目指そうとするとツラくなってしまいますが、心地よく暮らしながら、自分の出来る範囲でやっていきたいなと思っています。