
先月、投資でつくった「ごほうび資金」を使って、市民楽団のコンサートに行ってきました。
その話は、『【投資でごほうび生活|2026年2月】市民楽団コンサートで音楽をたしなむ』にも書いているので、よければ読んでみてください。
そこからにわかに音楽熱が高まってしまったわたくし、眠らせていたウクレレを2年ぶりに取り出してみました。
このウクレレ、買ってから1か月ほどは練習していたのですが、手の筋を痛めてしまい、それ以来ずっとお蔵入りになっていました。
ところが、コンサートで出演者のみなさんが楽しそうに演奏している姿を見て、俄然やる気が出てしまったんです。
手を痛めたこともあって、最初は恐る恐る弾いてみたのですが——
思った以上に、楽しい。
久しぶりなのでコードは忘れているし、弦も狂っていて正確な音ではありません。
それでも、「楽器を演奏するって楽しいんだな」と改めて思いました。
この記事のもくじ
音楽の授業は、苦行だった
こういう瞬間に思い出すのが、学校時代の音楽の授業です。
わたしは
楽譜が読めない
指も動かない
リズム感もない
そんな、残念な人間でした。
当然ながら、音楽の授業は大嫌い。
クラス中が見つめる、しーんとした教室。
先生の前に立って吹くリコーダー。
もう、地獄でしかありません。
ただでさえ上手くないのに、緊張で震える指。
わたしにとって音楽の授業は、まさに「音苦」でした。
なぜ音楽は「楽しくない授業」になってしまうのか
大人になって思うのは、「なぜ音楽の授業は、あんなに楽しくないことをするんだろう?」ということです。
普通の学校に通う生徒の99%は、おそらく音大に進むわけでも、音楽家になるわけでもありません。
それなのに、
- 楽器を正確に演奏することを求められる
- 間違えると減点
- また減点
これでは、せっかくの音楽も楽しくありません。
でも、今はわかります。楽器は下手でも楽しめるということを。
教えるべきなのは「正確さ」ではない気がする
学校教育で教えるべきなのは、「正しく楽器を演奏すること」ではなくて、「音楽って楽しいんだよ」ということなのではないでしょうか。
多くの人は、音楽とは関係ない仕事をして生きていくかもしれません。
それでも、人生のパートナーとして音楽があると、きっと豊かになる。
楽器がうまく弾けなくてもいい。
歌もプロみたいに上手である必要はない。
でも、下手でもいいからやってみると楽しい。
人生がちょっと豊かになる。
自分で演奏しなくても、聴くだけでもいい。
そんなことを教えてくれる授業だったら、もっと素敵だったのに、と思うんです。
音楽だけじゃない、学びの楽しさについて
もちろん、成績をつけなければならないという事情もあるのでしょう。
音楽で輝ける人もいるし、単純に「成績をつけるのは反対」と言うのも難しいのかもしれません。
でも、これは音楽だけではない気がします。
美術や体育も、どこか似ています。
本来は人生を心も体も豊かにするための学びのはずなのに、いつの間にか苦行の時間になってしまうことがある。
それって、やっぱりモッタイナイ。
下手でも、やってみると楽しい
おばさんになっても。下手くそでも。
やってみると、面白いことはある。
本来なら人生を豊かにしてくれるはずの学びが、その可能性を奪ってしまうとしたら、それはちょっと本末転倒な気がする。
大人になった今だからこそ、学生時代の呪縛から解き放たれて、成績がつけられない世界で、もっと自由に、もっと楽しんでいいのでは?
そんなことを、2年ぶりにウクレレを弾きながら、考えていました。
