
先日、夫の親族で、義母のこれからについて話し合いがあったそうです。
義母は、70代後半。
認知症になってしまい、今後は介護施設に入ることも考えなければならないようです。
わたし自身は、もう何年も義母に会っていません。
夫が電話で話しているのを隣で聞くことはありますが、普段から義母と接しているわけではありません。
だから、私が義母の老後について何か語るのも、ちょっと違う気がしています。
それでも、今回の話し合いのことを聞いて、いろいろ考えてしまいました。
この記事のもくじ
施設に入るお金があって、よかった
幸いなことに、義母には介護施設に入るためのお金は、ある程度あるようです。
それを聞いて、まずは「よかった」と思いました。
施設に入るとなれば、毎月それなりのお金がかかります。
病院にかかることも増えるでしょうし、これから先、どのくらいのお金が必要になるのかもわかりません。
だから、少なくともお金のことで、子どもたちが大きな負担を背負わなくて済みそうなのは、やっぱりありがたいことです。
義父はもう亡くなっていますが、義両親はこれまで、ちゃんとお金を残してきました。
若い頃から生活を切り詰めて、いろいろ我慢しながら貯めてきたお金なのだと思います。
そのお金があるから、今、義母は安心して施設に入ることができる。
そう考えると、本当に「貯めておいてくれてよかった」と思います。
でも、なんだか複雑な気持ちにもなる
その一方で、どうしても、なんとも言えない気持ちにもなりました。
義両親が苦労して貯めてきたお金が、これから病院代や介護施設の費用に使われていく。
もちろん、それは必要なお金です。
義母が安心して暮らすためのお金なのだから、使うことに何の問題もありません。
でも……。
それまでの人生で、生活を切り詰めて、我慢に我慢を重ねて貯めてきたお金。
それが、最後は病院代や介護費に消えていくのかと思うと、やっぱり少し寂しいのです。
そのお金で、もっと楽しいこともできたんじゃないかな。
夫婦で旅行に行ったり、おいしいものを食べたり、好きなものを買ったり。
「ちょっと贅沢しちゃったね」と笑えるようなことに、使ってもよかったんじゃないかな。
そんなことを思ってしまいます。
もちろん、義両親がどんな気持ちでお金を貯めていたのかは、わたしにはわかりません。
老後に困らないように、もしものときのために、と考えていたのかもしれません。
そして実際に、そのお金があることで、今の義母の生活は守られています。
だから、その選択が間違っていたとは思いません。
ただ、今回のことをきっかけに、自分たちのお金の使い方について考えるようになりました。
老後って、思っていたより短いのかもしれない
義母のことを考えていて、ふと気づいてしまったことがあります。
「老後」って、思っていたよりずっと短いのかもしれない。
老後になってから楽しもうと思っていても、いつまでも元気でいられるとは限らないんですよね。
当たり前のことなんですが、忘れがちな気がします。
もちろん、70代、80代になっても元気に旅行をしたり、趣味を楽しんだりしている人はたくさんいます。
でも、誰もがそうとは限りません。
病気になるかもしれない。
体が思うように動かなくなるかもしれない。
認知症になるかもしれない。
いつ、何が起こるかなんて、誰にもわかりません。
だから、「老後になったら、今まで我慢してきたことを楽しもう」と思って、ひたすらお金を貯め続けるのも、少し怖いなと思うようになりました。
楽しむためのお金を使う前に、楽しめる状態ではなくなってしまうことだってある。
40代後半になった今、自分の体も少しずつ若い頃とは違ってきました。
今まで普通にできていたことが、少ししんどく感じることもあります。
そう考えると、「お金に余裕ができたら」「老後になったら」と先送りしている時間も、そんなに無限ではないのかもしれません。
お金は、安心のためだけじゃない
お金って何のためにあるんだろうと考えてしまいます。
お金があれば安心できます。
病気になったときも、介護が必要になったときも、お金があれば選択肢が増えます。
だから、老後のためにある程度のお金を貯めておくことは、やっぱり大切です。
でも、お金は安心を買うためだけのものでもないんですよね。
旅行に行ったり、おいしいものを食べたり、家族と出かけたり。
ずっと欲しかったものを買ったり、ちょっと贅沢なホテルに泊まったり。
そういう「楽しい時間」に使うこともできます。
そして、そういう時間は、あとからお金を出して買い戻すことができません。
元気なうちにしかできないこともあります。
体力があるうちにしか行けない場所もあるし、家族と一緒に過ごせる時間にも限りがあります。
そう考えると、「老後のために」と今を我慢しすぎるのも、違うのかもしれません。
私たちは、ちゃんと楽しもう
もちろん、わたしたちも老後のお金は必要です。
子どもの教育費もこれからかかりますし、家計に余裕があるわけでもありません。
だから、これからも貯めることは続けます。
でも、我慢ばかりするのはやめようと思います。
「老後のために」と、今やりたいことを何でも後回しにするのではなく、今しかできないことには、ちゃんとお金を使いたい。
旅行もしたいし、おいしいものも食べたい。
家族と過ごす時間も大切にしたい。
あとになって、「もっと楽しんでおけばよかった」と思わないように。
義母のことから、そんなふうに思うようになりました。
義両親が一生懸命貯めてきたお金が、これから義母の病院代や介護施設の費用に使われていく。
それは決して無駄なことではありません。
正直、助かります。
それでも、「そのお金で、もっと楽しい思い出も作れたんじゃないかな」と思うわたしがいます。
だから、自分たちは、貯めるだけではなく、ちゃんと楽しもう。
老後になったら楽しもう、ではなくて、今も少しずつ楽しんでおこう。
それがいいんじゃないか、という気がしています。
義母のことを考えながら、以前読んだ『DIE WITH ZERO』と『アート・オブ・スペンディングマネー』のことを思い出しました。
どちらも、お金を「ただ貯めておくもの」ではなく、人生をよりよくするためにどう使うかを考えるきっかけになった本です。
