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家庭菜園のミニトマトが盗まれた。人はなぜ、他人の敷地に入ってまで盗むのだろう

わたしの趣味のひとつが、プランターを使った家庭菜園です。


ブログでも、ときどき家庭菜園の様子を記事にしています。


夏はミニトマト、ピーマン、ナスが定番。


毎日水をやり、少しずつ実が大きくなっていく様子を眺めるのが日課で、「今年も順調だな」と思いながら育てていました。


ミニトマトはすでに3回ほど収穫を楽しんでいて、家族で美味しくいただいていました。


そして4回目の収穫をしようと思っていた矢先のことです。


「あと1日待てばちょうど食べ頃かな」


そう思っていた翌朝、プランターを見ると、赤く熟したミニトマトだけがきれいになくなっていたんです。


最初は鳥を疑いました。


けれど、よく見ると違う。


鳥なら実をつついた跡が残ったり、食べかけが落ちていたりするはずです。


ところが今回は、赤くなった実だけが収穫したかのようになくなり、青い実はそのまま残っています。


その瞬間、「これは人だ」と思いました。

隣のピーマンはそのままだった

さらに不思議だったのは、ミニトマトのすぐ隣に置いてあったピーマンにはまったく手が付けられていなかったことです。


ピーマンも収穫できる状態だったのに、そのまま残っていました。


つまり、適当に野菜を持っていったわけではなく、「赤く色づいたミニトマトだけ」を選んで持っていったことになります。


その様子を見ると、偶然ではなく、最初からミニトマトを狙っていたようにも感じられました。

ミニトマトの値段なんて大したことはない

盗まれたミニトマトなんて、スーパーで買えば100円か200円程度のものです。


しかも、家庭菜園です。


農家さんが育てたような立派なものではありません。


形も大きさもバラバラだし、甘さもそれほどでもない。


正直なところ「盗んでまで欲しい」と思うようなものではないでしょう。


だから、どうしても不思議なんです。


たったそれだけのために、なぜ他人のものを盗るのだろうか、と。

盗んだのは、どんな人だったのだろう

今回のことで、ミニトマトがなくなったこと以上に考えてしまったことがあります。


それは、「いったいどんな人が盗ったのだろう」ということです。


本当に生活に困っていて、食べるものにも困るような人だったのでしょうか。


それとも、「買わずに手に入った。得をした」と考える人だったのでしょうか。


男性だったのか、女性だったのか。


若い人だったのか、高齢の人だったのか。


近所に住んでいて、以前から家庭菜園を見ていた人なのか。


それとも、たまたま通りかかった人なのか。


考えてみても、もちろん答えは出ません。


ただ、ひとつだけ分かることがあります。


その人は、誰かが育てたものを持っていくことに抵抗を感じなかったということです。

本当に気持ち悪かったのは、別のこと

盗られたこと以上にモヤモヤすることがあります。


それは、プランターは道路沿いに置いてあったわけではないということです。


道路との境界になっているブロック塀から、数メートル中に入った場所に置いてありました。


きっちりと門が閉まっているようなつくりではありませんが、それでも「人の敷地」だということは誰が見ても分かります。


つまり、その人は自分の意思で敷地の中へ入り、赤くなったミニトマトだけを選んで持ち帰ったことになります。


しかも、プランターを置いていた場所は、決して人目につかないような場所ではありませんでした。


ミニトマトを元気に育てるために日当たりを考えて選んだ場所ですが、家族の誰かしらがいつもいるリビングの目の前です。


敷地に入ってきた人がいれば、気づきやすい場所でもあります。


センサーライトも設置しています。


それでも、赤くなったミニトマトだけがなくなっていました。


もちろん、いつ盗られたのかは分かりません。


夜中だったのかもしれません。


早朝だったのかもしれません。


あるいは、日中の人目が少ない時間だったのかもしれません。


ただ、どの時間帯だったとしても、自分の敷地内に入り、育てていたものを持ち去ったという事実は変わりません。


しかも、その日は家を留守にした時間はないので、家族が家の中にいるという状況で堂々と盗っているのです。


その光景を想像すると、ミニトマトを盗まれたこと以上に気持ち悪さを感じました。


普通なら、人の家の敷地に入るだけでも抵抗があります。


だからこそ、余計に理解できません。


「見えにくい場所に置いていたから盗まれた」という話ではないんです。


普通に家庭菜園を楽しむために置いていた場所へ、わざわざ敷地内に入り、収穫直前の実だけを持っていった。


そこに、一番の気持ち悪さを感じました。

もっと理解できないのは、その盗り方

さらに不思議なのは、盗み方です。


色づいた実だけが全部なくなっていたので、一目見ただけで「誰かが収穫した」と分かる状態でした。


もし本当に見つからないようにしたいなら、何個か残すとか、何日かに分けるとか、もっと分からないようにやる方法はいくらでもあるはずです。


それなのに、あまりにも堂々と全部持っていっている。


だから、「見つかったら困る」という感覚すら薄いのではないか、と考えてしまいました。


もちろん、本当のことは本人にしか分かりません。


出来心だったのかもしれませんし、「家庭菜園なんだから少しくらいいいだろう」と軽く考えていたのかもしれません。


でも、その感覚をわたしにはどうしても理解できません。

失ったのはミニトマトではない

今回失ったのは、数百円分のミニトマトです。


金額だけを見れば、本当に小さな話です。


でも、わたしが失ったと感じているのは、お金ではありません。


「家の敷地で育てていれば大丈夫」


そんな当たり前に思っていた安心感でした。


これまで家庭菜園は、毎日の癒やしでした。


水をやって、少しずつ赤くなっていく実を見て、「明日あたり収穫かな」と考える時間も楽しみのひとつでした。


その楽しみを、あと1日というところで奪われたことが何よりも残念でした。


今はまだ緑色の実が赤く色づいてくる頃には、「また誰かに持っていかれないかな」と考えてしまうと思います。


たった数百円のミニトマトのために、人の敷地へ入り、育てた人の楽しみまで奪ってしまう。


盗む人の心理は、いくら考えてもよくわかりません。


日本の住宅は、考えてみれば「その気になれば入れてしまう場所」が意外と多いのかもしれません。


高い塀や頑丈な門で完全に囲まれている家ばかりではありません。


でも、わたしたちは「普通の人なら、わざわざ人の敷地に入ってくることはない」と思って暮らしています。


今回気持ち悪かったのは、その当たり前だと思っていた感覚を簡単に越えられたことでした。


入れない場所だったわけではない。


でも、入ってはいけない場所だったはずです。


その境界線を、数百円分のミニトマトのために越えられたことが、何よりも嫌だったのだと思います。


この出来事をきっかけに、家庭菜園を続けるための対策は何かしら考えなければいけないと思っています。


本来なら、収穫を楽しみにしながら育てるものなのですから。

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