
昔、日記を書いていた時期がありました。
でも、長くは続きませんでした。
その理由は、日記にその日の出来事だけではなく、自分の内面や気持ちを書くことが多かったからです。
そのときの自分は「日記は自分の内面を書き残すもの」だと思っていました。
でも、時間が経ってから読み返してみると、死ぬほど恥ずかしい。
「あのとき、こんなことを考えていたんだ」と思うことが照れくさくて、結局その日記を読み返すことはなくなりました。
そして最後には、その日記自体を処分してしまいました。
日記を書くことが嫌いだったわけではありません。
むしろ、自分の記録を残すことには興味がありました。
ただ、「何年後かの自分が読み返しても抵抗のない日記」というのが分かっていなかったのです。
そんなわたしが今年から始めたのが、「ほぼ日5年手帳」を使った日記です。
半年が経った今でも、無理なく続けることができています。
この記事のもくじ
「ほぼ日5年手帳」が続いている理由
理由①事実を中心に書いているから
今回の日記で意識しているのは、感情よりも事実を残すことです。
「今日は何をしたか」
「どこへ行ったか」
「何を食べたか」
そんな日々の出来事を中心に書いています。
日記なのでその日のことを思い出すきっかけになるようなことは書きます。
けれど、以前のように自分の気持ちを深く掘り下げることはしていません。
そのおかげで、気軽に書けるようになりました。
後から読み返したときも、「こんなことがあったな」と素直に振り返ることができます。
日記は、自分の気持ちをすべて書き残すものだけではなく、自分に合った形で続けられることも大切なのだと思いました。
理由② 一日の分量がちょうどいい
「ほぼ日5年手帳」の良いところは、一日あたりのスペースが決まっているところです。
たくさん書こうと思えば書けるけれど、「毎日びっしり埋めなければいけない」というプレッシャーはありません。
わたしの場合は、一行空けて書いています。
そのため、書ける量はさらに少なくなりますが、それくらいが今の自分にはちょうどいいと感じています。
毎日続けるためには、「もっと書ける」よりも「これなら書ける」と思える量のほうが大事なのかもしれません。
理由③ フリースペースで楽しめるから
「ほぼ日5年手帳」の魅力は、日記を書くページだけではありません。
左側が日記を書くスペース、右側が自由に使えるフリースペースになっています。
この右側のページが、わたしにとって楽しい場所になっています。
気になった言葉を書き留めたり、食べたお菓子のパッケージの一部を貼ったり。
その日の出来事を文章だけではなく、いろいろな形で残すことができます。
きれいにまとめる必要もありません。
そのとき「残しておきたい」と思ったものを自由に置いておけるところが気に入っています。
後からページを開いたとき、文章だけでは思い出せない、その日の雰囲気までよみがえるような気がします。


半年間続けて、日記に対する考え方が変わった
以前の私は、日記を書くなら一日の出来事や気持ちをしっかり残さなければいけないと思っていました。
でも、ほぼ日で日記を半年続けてみて、考え方が少し変わりました。
日記はもっと自由で、もっと我がままでいい。
毎日は大きな出来事ばかりではありません。
主婦の生活は、家事や買い物など、同じような流れになる日も多いです。
でも、よく見ると、その中には少しずつ違う瞬間があります。
家族との何気ないやり取り。
空や花から感じた、季節の移ろいの瞬間。
いつもの時間が少し特別に感じられた出来事。
そういう小さなことを残しておくことが、後から振り返ったときに大切な記録になるのかもしれません。
最近、『5秒日記』という本を読んで、一日のすべてを書くのではなく、印象に残った瞬間を丁寧に残すという考え方を知りました。
日記は、すべてを記録するものではなく、自分が残したいものを選ぶものでもいい。
それは、半年間日記を書いてきた自分にも、すっと入ってくる考え方でした。
これからも少しずつ日記の在り方、関係性は変わっていくかもしれません。
その時、その時の変化に合わせやすいのが「ほぼ日5年手帳」の良さだと感じています。
これからも無理なく続けられる形で日記とお付き合いしたいと思っています。



