
「あれ、果物ってこんなに高かったっけ?」
インフレの波を生活にひしひしと感じる今日この頃ですが、それにしても果物は高すぎる気がします。
子どもの頃はムシャムシャと何気なく食べていたみかんが、今では1個70円。
近所のイチゴ農園では、5粒で800円。
どれもこれも、まるで高級品価格で、思わず眩暈がしそうです。
果物天国のベトナム・ホーチミン
わたしは以前、ベトナムのホーチミンに旅行したことがあります。
街のあちらこちらで、色とりどりの果物が山のように積まれて売られていました。
バナナ、マンゴー、パパイヤ、ドラゴンフルーツなどが所狭しと並んでいます。
小さな屋台の前では、現地の人たちが楽しそうに買い物をしていて、果物の香りがふわっと漂ってきます。
しかも、日本の価格と比べるととても安いのです。
物価差のせいかなとも思ったのですが、現地の人に話を聞くと、「ベトナムは果物が安い」と教えてくれました。
つまり、果物はベトナムの人にとっても庶民の生活価格というわけです。
その光景を見たとき、私はふと考えてしまいました。
「なぜ日本では、果物を気軽に食べることが難しいのだろう」 と。
なぜ日本の果物は高いのか
日本の果物の値段の高さは、なぜこれほどまでに高くなってしまったのでしょうか。
石油価格や人件費の高騰も理由にあるかと思いますが、日本人の要求水準の高さも影響しているのではないか、とわたしは思うのです。
- 形が不揃いなのはダメ
- 傷が少しでもあるのはダメ
- 甘さや色味のムラも許されない
農家の方々は、こうした要求に応えるために日夜手間をかけています。
袋かけ、間引き、選別…。
少しでも基準から外れるものは市場に出せないこともあるのです。
その結果、コストが上がり、価格にも反映される。
わたしたちがスーパーで手に取る果物は、実はこうした努力の結晶なのだと思うと、少し複雑な気持ちになります。
果物は自然の産物で一つ一つが違って当たり前なのに、まるで工業製品かのような水準を求める。
そもそも、ここがおかしいと思うのですが、要求は高まるばかりです。
より甘く、美味しい果物。
より大きく、キレイな果物。
より良い果物を追求するのも大事なのかもしれませんが、高嶺の花になってしまっては本末転倒な気がするのです。
台湾で見た日本のリンゴの衝撃
台湾旅行のとき、日本のリンゴを1000円で売っているのを見て驚いたことがあります。
当時、スーパーで売っているリンゴの値段は100円もしなかった時代なので、あまりの価格差に驚いたものです。
丁寧な包装をされ、恭しく陳列されているリンゴの姿は、どこか別人のようでした。
いくら輸出用のリンゴとはいえ、恐らく、日本で売っているリンゴと育てる手間暇やコストに大差はないでしょう。
「海外に輸出したほうが儲かる」という現実を考えると、将来的には日本の果物が国内で気軽に手に入らない時代が来るのかもしれない、という少し怖い想像もしてしまいました。
もっとおおらかに果物を楽しみたい
日本の果物は世界的にも高評価だと言われています。
美しく、甘く、サイズもそろい、傷も少ない。
でも、その結果として、いつのまにか果物は庶民にとって贅沢品になってしまいました。
子どもの頃は、学校から帰ると、手が黄色くなるほどみかんを食べていました。
そんな気軽さは、今では遠い昔の話のようです。
日本でも、「完璧でなくても美味しい果物」を楽しむ文化が広がれば、生活にもう少し彩りが増えるのではないでしょうか。
海外では、少しくらい形が不揃いでも、傷があっても、普通に食べられています。
色が多少悪かろうが、形がいびつであろうが、味が酸っぱかろうが、自然とはそういうもの。
もっと寛容に受け止めたほうが、豊かな暮らしを送れる気がするのです。
日本でも、おおらかに果物を楽しめる日が来るといいな、とわたしは思います。

