
これまで、家庭菜園のミニトマトが盗まれたことについて2つの記事を書いてきました。
最初の記事では、「家庭菜園のミニトマトが盗まれた。人はなぜ、他人の敷地に入ってまで盗むのだろう」。
2つ目の記事では、「プランター栽培の盗難から考えた、家庭菜園を続けるための現実的な工夫」として、自分なりにできる対策をまとめました。
記事を書いたあとも、できることは1つずつ試してきました。
ミニトマトは枝が伸び放題になっているので、2階のベランダに運ぶのは現実的に難しく、断念。
その代わり、車やプランターを利用して進入路を塞ぎ、入りづらいように工夫しました。
けれど、状況は変わりませんでした。
毎日のように敷地へ無断で入られ、そのたびにミニトマトが盗まれていきます。
対策をすれば終わると思っていたのですが、現実はそう甘くありませんでした。
むしろ、対策をあざ笑うかのように盗まれ続け、「次はどう防ぐか」ではなく、「いつまで続くのだろう」という気持ちのほうが大きくなっていきました。
警察にも相談しました
隣のおばあちゃんの家も何度か庭に無断侵入され、警察に相談したことがありました。
ミニトマト泥棒とは別件だとは思うのですが、さすがに一人で抱え込むのは難しいと思い、警察にも相談しました。
対応してくださったお巡りさんは、こちらの話を親身になって聞き、現実的な対応策も考えてくださいました。
その中で印象に残ったのが、こんなお話です。
「本当に生活に困って食べ物を盗む人は、スーパーなどで万引きをするケースが多いです。でも、個人の家の家庭菜園から盗る人は、必ずしもそういう理由とは限りません。」
わたしは、「生活に困っている人なのだろうか」と考えたこともありました。
でも、お巡りさんの話を聞いて、「理由は一筋縄でわかるものではない」と思うようになりました。
警察へ相談したことで、「一人で悩んでいるわけではない」と感じられ、少しだけ気持ちは楽になりました。
無断侵入は止まらなかった
警察に通報したものの、その後も無断侵入は続きました。
朝になるたびに庭を確認し、「今日は大丈夫だろうか」と思う毎日。
家庭菜園を楽しむ時間ではなく、盗まれていないかを確認する時間になってしまいました。
何よりつらかったのは、知らない誰かが毎日のように自分の敷地へ入ってきているという事実です。
ミニトマト数個の価値の問題ではありません。
自宅の敷地に繰り返し無断で入られるということ自体が、とても気持ち悪く、精神的な負担になっていました。
ミニトマトだけ処分することにしました
悩んだ末、悔しい決断でしたがミニトマトはすべて処分することにしました。
これ以上、盗まれるために育てているような状況を続けることはできませんでした。
赤くなるのを楽しみにしていましたが、盗難を避けるため、青いまま収穫し、苗はプランターから抜いて処分してしまいました。

本当なら、もう少し木で熟させてから収穫できたはずのミニトマトたち。
こうしてザルに収穫してみると、「こんなにたくさん、ここまで育ったのに」という思いが込み上げてきます。
けれど、これまでの様子から推測するに、ミニトマト泥棒は執念深い性格で、恐らくトマトがある間はずっと来つづけることでしょう。
対策をしてもものともせず、人の敷地の奥まで入って盗んでいく神経にいつまでも付き合っていたら、そのうちこちらが参ってしまいます。
とても無念ですが、精神衛生のコストを考えればやむを得ません。
ただ、家庭菜園そのものをやめたわけではありません。
ナス1株とピーマン2株は、そのまま残しました。
今のところ、盗まれているのはミニトマトだけだからです。
本当なら、ミニトマトも最後まで育てて、自分の手で熟したのを収穫したかった。
その当たり前の楽しみを諦めなければならなかったことが、とても残念です。
家庭菜園だから小さな問題、ではない
今回、自分が家庭菜園で盗難被害に遭って初めて、「収穫物を盗まれる」ということが、どれほど人の気持ちを削るのかを実感しました。
失ったのはミニトマトだけではありません。
毎日成長を楽しみにする気持ちや、自分の庭で安心して家庭菜園を楽しめるという当たり前の日常も、一緒に奪われてしまったように感じています。
近年は、ニュースで梨やスイカなど、農作物の盗難被害が報じられることも少なくありません。
以前は「大変だな」と思う程度でしたが、自分が同じような経験をしてみると、その重みはまったく違って見えるようになりました。
家庭菜園ですらこれほど悔しく、精神的な負担が大きいのです。
それが生活を支え、長い時間と労力をかけて育てた農作物を盗まれる農家さんの気持ちは、計り知れません。
収穫を楽しみに育てた作物が、誰かに勝手に持ち去られる。
その悔しさや虚しさを思うと、本当にいたたまれない気持ちになります。
春先にミニトマトの苗を買ったときは、まさかこんな終わり方になるとは思ってもいませんでした。
それでも、いつか安心してミニトマトを育てられる日が来ることを願っています。
そして、家庭菜園であれ、農業であれ、丹精込めて育てた作物を安心して収穫できる。
そんな当たり前のことが、当たり前であり続けてほしいと心から思います。