
子どものころから、飲み物は何か特別なものでなくてはいけないと思っていました。
麦茶、紅茶、緑茶、牛乳、コーヒーなど、家にはいつも何かしらの飲み物があるのが当たり前。
水は学校で喉が渇いたときに飲むもの、という程度の認識でした。
ところが最近、「飲み物は水で十分なのではないか」と思うようになってきました。
その理由を書いてみます。
理由① 水がおいしくなった
そう思うようになった最大の理由は、水がおいしくなったことです。
わが家は数年前に今の家へ引っ越してきました。
かなり年季の入った家なので、排水管や給水管の経年劣化が気になりました。
入浴や洗濯はともかくとして、体に直接入る飲み水だけは何とかしたいと思い、浄水器を購入しました。
決して安い買い物ではありませんでしたが、浄水器を通した水は明らかに味が違いました。
今では水道水をそのまま飲むことに少し抵抗を感じるくらいです。
「水なんてどれも同じ」と思っていましたが、おいしい水を飲むようになってからは、水そのものを飲むことが苦ではなくなりました。

理由② 水なら準備も片付けもいらない
お茶やコーヒーを飲むには、意外と手間がかかります。
茶葉やコーヒー豆を用意し、お湯を沸かし、飲み終わったら片付けをする。
その時間も楽しみの一つではありますが、単純に水分補給がしたいだけのときには面倒です。
しかも、お茶類やコーヒーは茶渋や汚れが付きやすいので、道具のメンテナンスも必要になります。
その点、水ならコップに注ぐだけ。
飲みたいと思った瞬間に飲める手軽さは大きな魅力です。

理由③ 牛乳、豆乳は重い
牛乳や豆乳はコップに注ぐだけなので手軽ですが、大量に飲むものでもありません。
そして何より、買ってくるのが重いです。
牛乳1本で約1kg。
普段は車で買い物をしているので問題ありませんが、切らしてしまって徒歩で買いに行くと、その重さがずっしりと体にこたえます。
年齢を重ねるにつれて、「買い物の負担が少ない」というのも意外と大切なポイントだと感じるようになりました。

理由④ 飲み物の値上がりが気になる
最近は飲み物全般の値上がりも気になります。
牛乳も茶葉も少しずつ値上がりしていますし、とくにコーヒーはかなり高くなりました。
わたしはドリップコーヒーを利用していますが、体感ではここ数年で1.5~2倍近くになったような印象です。
もちろん、好きだから飲む価値はあります。
ただ、毎日の水分補給をすべてお茶やコーヒーでまかなうとなると、以前よりコストがかかるようになりました。

ちょっとだけ変わった豊かさの基準
もちろん、これからもコーヒーや紅茶は飲みます。
お気に入りのカップでコーヒーを飲む時間は好きですし、冬に温かい紅茶を飲むとほっとします。
ただ、それらは「楽しみ」として飲むものであって、水分補給のために無理に用意する必要はないのかもしれません。
考えてみると、わたしは長い間「飲み物は何か特別なものでなくてはいけない」と思い込んでいたような気がします。
水だけを飲んでいると、なんとなく貧乏くさいような気がしたり、手抜きをしているような気がしたり。
人前で「水を飲んでいます」と言うのが少し恥ずかしいような感覚もあったかもしれません。
でも実際には、水は一番シンプルで、一番手軽な飲み物です。
しかも、おいしい水なら十分満足できます。
年齢を重ねたせいなのか、暮らしの優先順位が変わったせいなのかはわかりませんが、最近は「わざわざ何かを飲まなくてもいい」と思えるようになりました。
飲み物を選べることは豊かなことです。
でも、水を選ぶことが貧しいことでもない気がしています。
おいしい水を気兼ねなく飲めること自体が十分贅沢なのかもしれない。
そんな風に思うようになってきました。
ふだん口にするものを水にすることで、息抜きのコーヒーや紅茶の美味しさがより際立つ気もしますし、時折ならばちょっとお値段の張るものを選んでもそこまで家計の負担にはなりません。
ふだんはシンプルに、時にはちょっとだけ贅沢に。
それくらいのバランスが、今の暮らしにはちょうどよいのかもしれません。
ちなみに、わが家で使っている浄水器については別の記事で詳しく書いています。
以前は水の味にそこまでこだわりはありませんでしたが、浄水器を使ってから「水ってこんなに変わるんだ」と感じました。
よかったらこちらの記事も読んでみてください。
